すべりおちる目、藻の匂い|2022|写真、インスタレーション
 Gelatin silver print , Pigment print , cyanotype print

今作は、ドイツ北部の民間伝承を元に書かれた小説『白馬の騎手』をモチーフとしている。物語の舞台であるフリースラントは埋立によって海面より低い位置に存在しており、主人公ハウケ・ハイエンは水害から村を守るため、新しい堤防を作ることに人生をかけて取り組んでいく。この作品で使用した写真は、関東沿岸部の埋立、都市部の建築に使用される山砂の採取場近辺にて撮影を行なった。それらのイメージを飽和させたり、重複やずれを加える作業の中で、記録された光景の中から「風景」を再構築することを試みた。物語の中で、幼少期より父の雇い主の召使であったイャンスは、堤防監督になった主人公ハウケに養われることになった。老婆は、寝床の上から外の光景を想像する。
”老婆は自分の窗から堤防越しに海を眺めやることが出來ませんでした。(…) 曲つた指で下の方に擴がつている畑地の方を刺しました。「一體イェエルズの砂洲は何處だらうね。あの赤い牡牛の向ふかね(…)”
今作での制作は、全てアナログなプロセスによって行った。暗闇の中手探りで写真を手繰り寄せ、撮影した光景を思い起こしながらネガを重ねる行為は、老婆の目線と重なった。現代において、場所を記録したはずのイメージは、実際の場所から離れていき、独自で場所を形成していく。コロナ禍において実際に場所を観測できない期間があったことで、より顕著に進行している。それは、時間の経過によって意図せず記憶の中の風景が入れ替わっているような感覚に近いのかもしれない。写真というメディウムを用いた操作によって見え方そのものがずらされていくこと、また網膜の中に刻み付けられたイメージが実際の場所と乖離していくことについて、今作を通して考えている。
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